光の行方を。

何か一つ成し遂げたらそこから変わっていくんだろう

NANA 6月号。

2007-04-26-Thu-21:23
久々NANAの感想を。
先月くらいから大きく動き出しました。
映画も終わったし、そろそろ引き延ばし作戦をしなくてもよくなったのかな?
また毎月楽しみになりそうです。

最近は、なんだかどんどん話しが深刻になって、人生の辛いとこばっかりがクローズアップされてるようで、読んでいて辛かった。
それでも、読んでしまうんだけどさ。

やっぱり結末に向けて大きく辛い事件が起こりそうな予兆です。
シンちゃんやナナはあれだけど、美里ちゃんとかハチも心配です。
ていうか、みんな心配。
あたりまえだけど、それぞれに大なり小なり抱えてる悩みがあって、誰かが悪いとかいいとかそんな単純な話でもなくて。
それぞれが見えすぎて。
その言葉でハチが傷ついたこともわかったし、レイラの気持ちも。
かといってタクミが悪者っていう単純な話しでもない。
だけどこのこともNANAの世界の中ではほんの破片なわけで。
現実では自分中心で自分を基準に考えてしまいがちだけど、実際はみんながそれぞれが中心で、それぞれが誰かの脇役なんだよね。
それを日常の中で理解するって難しいよなぁ。

それでも最近は、のめりこまずにさらっと読めています。
それは、マンガ自体への興味がどうというよりは、あたし自身の気持ちの問題なのでしょう。
最近やたらと楽しい♪
もう老後のことくらいしか考えることもなくて、何を目標に日々を過ごしていいのかも分からず、生きている意味があるんだろうかとさえ思っていたことが、懐かしくて笑っちゃうくらいです。

自分の気持ちしだいで、物事の捉え方も見え方も変わってくると今更ながらに実感。
がんばるあたしでいられることが嬉しくってしかたないよ。
最近、遅刻もしてないんだ〜(アタリマエダ


あー今ラジオでスキマのライブ音源流れてるけど・・・
冷静に聞くとかなりピッチやばい(笑
タクヤがんばれっ、それでも大好きだけどなっ。

失踪。

2007-04-23-Mon-20:35
最近、近い人が失踪しました。
とかいうと大げさなんですけど、ちょと行方が分からなくなったとかそんな程度で。
思いのほか、すぐ連絡つきましたし。

でもねー、もっすごい心配しました。
はげるんじゃないかと思うくらいに。
実際は、はげずに白髪が増えた程度だったんですけど。

あたし自身、基本的にすぐ行方不明になりたがる人で、イヤなことがあったらそれから逃げる手段として、失踪するというのはよくたまにしていました。
メールの返事を何日もほったらかしとかもよくしますし。
これは、故意ではなく単純に忘れてるだけなんだけど、そういうことがどんなにひどいことか、身をもって実感しました。
まぁ今回の件はそんな理由だったわけじゃないけどね。

だけど、連絡つかずの人をただ心配するってすごいの(苦笑
連絡待って携帯を握り締めながら、こんなことになってたりしてとか、あんなことになってたりして、とかいっぱい悪いことばっかり考えて時計みたら5分しか経ってないし。
時間が永遠に感じられたもん。
永遠に見つからないんじゃないかと。
失踪から半日後には絶対死んだ、死んでしまったんだと、勝手に殺して勝手にかわいそうになって泣いてみたりしました。
まったくもってひどい話しです。

どうやって時間を先送りするか悩んだ末に、ゲームなぞしてみました。
あーまた薄情とか言われそうです。
でも、ゲームしてる時が一番時間の流れが速く感じませんか。
だけど、これがゲームやっててもおもしろくないんだ。当たり前か;
しかもやってたゲームがシムシティだったりするから、余計につまんねー!!とか想って。
これで、あたしがどんなにがんばって道路作ったところで帰ってくるわけじゃないし、がんばってビル経てたところで日本は何も変わらないんだよっとか、もうゲームの根底に文句言ってたりしました。
ありえません。
ニンテンドーさんも迷惑な話です。

とりあえず、無事?見つかってよかったーと安心したのと、あたし自身も、もうちょと人様に迷惑をかけないように生きていこうと想ったとのことです。

あ、心配してたと言いいつつゲームしてたことは、内緒ですからー。
シムシティはそれなりにおもしろいですからー。

生涯。

2007-04-08-Sun-23:12
田舎の葬式ははんぱなく疲れました。
なんで斎場ないのっ?!
片道7時間の道のりをへてたどり着いた実家の居間は、祭壇で圧迫されていました。
弔問客への振る舞いはもちろん、親族の食事まで、火葬からお通夜、葬儀の3日間ずっと自前です。
どれだけ、野菜を炊いて皿を洗ったことか。
お葬式終わったあとなんて、みんなへろへろに疲れ果てて、おじいちゃんをお寺に忘れて帰ってしまうところでした。

そんな家族に愛されていたおじいちゃんですが、想像をはるかに超えるすごい人でした。
なんていうのかな、最後まで軍人だったというか。
おじいちゃんが軍隊にいたのは、14歳で志願兵で出兵してから、終戦までの10年間だったのですが、死ぬまで戦争のことは忘れていなかったと思います。

陸軍中野学校出身。

おじいちゃんの生涯を語るには、外せない事実です。
戦争に行っていた人は慰労金みたいのをもらえる制度があるらしいんですけどね、いつどこでどの部隊で何をしていたかを証明したにといけないんです。
おじいちゃんは、軍事機密だからとそれを拒み、慰労金をもらうことはありませんでした。
もう終戦から60年以上が経っていたのに、戦時中何を見て、何をして、何を感じていたか、結局妻にも家族にも何も語らないまま、お墓まで持っていってしまいました。

あたしが生まれる前の話で、少し前にドラマ化もされましたが、フィリピンで見つかった残留兵、小野田少尉もまた、中野学校の出身です。
その発見されたときの報道をみていたおじいちゃんは、テレビの前に正座して「小野田さんまだ戦っていらっしゃいましたか」と頭を下げたといいます。
同期だったという小野田さんが潜伏していた時の逸話をみれば、そのすごさが分かります。

いったいどんな教育と訓練を受けたのでしょう。
夜釣りに行けば、真っ暗な中でも平気で岩場を登ったそうです。
家には軍刀が2本ありました。
軍隊にいた時の写真を見れば、陸海空それぞれの将校の制服を着てとられています。
どれもただものではないことを証明しています。
それなのに本人は、ただの上等兵だと笑ってごまかすばかりでした。

たぶん、満州にいたのではないかと思われます。
きっと今の常識で考えれば多くの許されないことをしてきたのかもしれません。
だけど、何十年もひとり胸のうちに秘め続けたことは、十分罰に値したのではないかと思います。
これから先、おじいちゃんのような思いをする人が少しでも減ることを祈るばかりです。

あたしたち、孫には優しくておもしろいおじいちゃんでした。
86年の長い人生、本当にお疲れ様でした。
ずっと背負ってきたその重たいものから解放されて、どうぞゆっくりしてください。

えぁぽーとにぃ

2007-04-02-Mon-11:06
変なヤツから変なバトン渡されたにゃん
仕方ないから更新するなりにゃ

吾輩は今、空港にいるんだにゃ
飛行機は遅れてるんにゃ

これから実家に帰るんにゃ
もう帰ってこないにゃ

ってのはもちろんウソだがにゃ

じーちゃん死んじゃったにゃー
明治生まれの頑固一徹くそじじぃだったのにゃ
それでも人は死んでしまうんだにゃーと思うと、切ないにぃー

それじゃ、じーちゃんにお別れしてくるにゃ
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